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石川県教員採用試験|小論文(総合教養)の内容と過去のテーマ

【小論文の勉強法】|石川県教員採用試験

石川県教員採用試験の一次試験では、総合教養試験の中で300字を書く小論文が出題されます。

試験時間や文字数、評価基準を知らずに対策を始めてしまうと、的外れな準備になる恐れがあります。

この記事では、小論文対策を始める前に押さえておきたい以下の情報をまとめました。

  • 試験時間・文字数
  • 配点・評価基準
  • 過去の出題テーマ

試験の全体像を正しく理解し、合格に向けた方向性を整理するための資料としてご活用ください。

福永

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目次

石川県教員採用試験の小論文(総合教養)

石川県教員採用試験では、小論文単体での実施はありません。しかし、総合教養の中で小論文が出題されます。

まずは、試験時間や文字数といった概要を正確に押さえることが重要です。概要を理解していないと、どれだけ内容が良くても評価につながりにくくなります。

そのうえで、評価の観点や過去の出題テーマについても順に確認していきましょう。

試験概要(時間・文字数)

まずは試験概要を確認しましょう。

制限時間や文字数を把握しておけば、本番での書き方や時間配分のイメージがしやすくなります。

対象区分全校種・教科共通
実施日第1次試験
試験時間90分(総合教養の中で実施)
文字数300字
試験の概要(2025年実施データ)

総合教養の時間内で300字を書く形式のため、かなり時間が短いです。そのため、構成を固めずに書き始めると時間が足りなくなる可能性があります

最初の5〜10分で全体の構成を決めてから、書き始めることを意識しましょう。

評価基準・配点

小論文では、単に文章を書くだけでなく、「どのような観点で評価されるのか」を理解しておくことが重要です。

石川県教員採用試験では、次の観点から4段階(A12点、B8点、C4点、D0点)で採点されます。

  • 条件を踏まえた解答になっているか。
  • 自分の考えが述べられているか。
  • 文章が論理的か。
  • 実体験や具体例を示し、文章に説得力があるか。

内容面だけでなく、誤字脱字や文章構成といった基本的な部分でも評価が分かれるため、一度書いた後に見直す習慣をつけておきましょう。

過去問(出題テーマ)

過去の出題を見ると、石川県では「課題文提示型」という形式です。

テーマが「教育・社会の一般的課題」と「生徒指導・学級経営の具体的場面」を扱う傾向が見られます。

2025年実施(令和8年度採用)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

 ロジャーズのいう「受容的態度」とは、来談者(話し手)の話について「なるほど、なるほど」とよく聞き、関心を示すことによって、来談者の人格を全面的に尊重し、受容する態度のことをさします。
 私流に解釈してみると、聞き手と話し手とは別個の人間である、ということをふまえたうえで、「あなたはそう思ったわけね。なるほど、なるほど」と受けとめることによって、話し手にもっともっと話をさせ、その中で自分自身の問題に気づかせていくことをめざすのです。「フムフム、もっともだ。私もそう思うよ」と、なんでも受け入れ、同調してしまうのではありません。
 ことばを育てるばあいの受けとめ方についても、ここから、いろいろ教えられます。
 お昼ごはんを好き嫌いしてほとんど食べなかった子が、まだ2時すぎなのに、それらしいそぶりで、「今、何時?」(お腹すいた。おやつほしいな)と言います。「今は、まだ2時よ。おやつほしいの?」といった受けとめるとしても、生活リズムの確立、食べものの好き嫌いの矯正などを考え合わせて、「3時まで待とうね」と言うのか、それとも、「今2時よ。もうおなかすいたのね。おやつあげましょうね」と安易に受け入れ、同調してしまうのか。
 これは単に、受けとめるか、受け入れるかのちがいだけでなく、親がその子をどういう子に育てようとするのか、つまり、甘やかし、流れにまかせてゆくことで事足れりとするのか、一つひとつのことをメリハリつけてやりとげていこうとするのか、という、親の人生観、価値観にまで、問題をひろげずにはいません。
 人はだれでも、いじわるされるよりも、やさしくされるほうが好きです。やさしくするといっても、おばあさんが孫をベタベタ甘やかすように、なんでもホイホイと言いなりになるのとはちがいます。それは悪い意味での「完全受容」にすぎません。やさしさは、なんでもかんでも「いいよ、いいよ」と受け入れ、押し流されていくことの中にではなく、相手の気持ちを受けとめることの中に存在します。
 「やさしい」ということの基本は、「自分」と「他人」とはそれぞれに独立した一個の人間である、ということを認識することに始まるように思います。「あなたが、そういうふうに考えるのはよくわかる」と、相手の立場をいったん受け止めたうえで、「でも、私はこう思う」と、自分の考えを述べることによって、やりとり、対話が成立し、相手の考えも自分の考えも一歩前進するのです。
 ことばを育てる過程はそのまま、子どもを育てる過程です。ことばを育てようとする時、大人は、いつも自分自身のことをふり帰り、考えることを余儀なくさせられます。子どものことばと気持ちをどう受けとめるのか、それに対して、自分はどう考えるのか、今のことばがけは適切だったのか、この次にはどうするのか、などなど。子どものことばを育てる仕事は、ある意味では、自分が育つための自分とのたたかいではないかとすら、思わされることがあります。でも、私たちは人間です。いつもいつもコンスタントに、子どもをやさしく受けとめ、育てることなどができません。頭ごなしに叱りつけたり、なんてダメな子だろうと落胆したり、ウキウキと子どもの言いなりになったり、いろいろな浮き沈みがあります。そういう浮き沈みの中でも、小手先のことではない基本的な考え方をつかみ、ほんとうの受けとめじょうずになるために、いつも自分を見つめ、自分をふり返ることのできる大人になりましょう。

(中川信子「ことばをはぐくむ」より)

問 あなたは,教育職員として,子どもとどのように関わっていきたいか。本文の内容に触れて,自分の考えを300字程度で書きなさい。

2024年実施(令和7年度採用)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

 若いときから,僕は研究という仕事をしてきた。この仕事で最も大切なことは,一言でいえば「発想」,つまりインスピレーションである。そして,これは,作家になってもまったく変わりなく,今もずっと同じ価値観で仕事をし続けている。
 発想というのは,計算の先にあるものではない。だから,データを集めて,これまでの経緯を理解し,築き上げた常識の中で考えても出てくるものではない。むしろ,その逆で,無関係なものから連想することが多い。面白いものがあれば,これを使えないか,この考え方をなんとか適用できないか,と考えて導かれるものだ。
 したがって,どれだけ自分の頭を余所見させるかが勝負になる。そのためには,自分の専門(つまり興味の対象)ではないフィールドへ足を踏み入れ,きょろきょろと探すことが有意義だ,という理屈になる。
 もちろん,無関係なものを眺めても,なにも得られないことの方が多い。そんなことは当たり前である。発想には効率というものが通用しない。しかし,宝くじよりは確率がうんと高い。当たれば大きい。少なくとも,研究者や作家ならば,なによりも一番欲しいものが発想なのだ。
 おそらく,どんな仕事でも,そういった部分があるだろう。アイデアを求められる立場,新しいことを提案しろと促される立場は少なくない。もし,そんなものは必要ないという職種だとしたら,それは近い将来リストラされるか,機械化,AI化されると思っても間違いではないだろう。
 人間は,ランダムに選んで勝手に知り合いになるわけにはいかない。できるかもしれないけれど時間と労力がかかるし,ときには費用も馬鹿にならない。けれど,本は,幸い短時間で簡単に手に入り,しかも,もの凄く広範囲に,果てしなく多様なものが用意されているのだ。こんな商品はほかに例がない。本だけが特殊なのだ。それは,人間の知恵がいかに広くさまざまなものに及んでいるのか,あるいはいたのか,ということの証でもある。
 書店よりも多種類の商品を並べている商売はない。ほとんどの店は,なんらかの目的を解決するためにあって,そのジャンルだいたい決まっているのに,書店というのは,ただ本と呼ばれる共通の器に入っているだけで,中身がてんでばらばら,何の統一感もなく,世に存在するのも,存在したもの,否,存在しないものまで,なにもかも取り扱おうとしている。そういう人間の興味の無限さが,土に埋まった化石のように残っているもの,それが本なのだ。
 だから,変化に富んだ,バラツキ豊かな偶然性を活用するのに,本ほど打ってつけのものはない。その恩恵を最大限享受するには,とにかく,なんでもかんでも読んでみること。自分の勘を信じて,背表紙のタイトルだけで手に取ってみること。それが大事な姿勢だということになる。
 時間には制限があるから,実際にはなんでもかんでもとはいかないだろう。だから,そこは,「面白そうだ」という抽象的な判断で篩にかけるしかないだろう。この篩が,個人の勘であり眼力だ。ジャンルを選んではいけない。どんな分野へも飛び込んでいく姿勢が優先される。

森博嗣「読書の価値」より)

問 あなたは読書をとおして、どのような力を児童生徒につけさせたいか。筆者の考えを踏まえて、自分の考えを300字程度で書きなさい。

2023年実施(令和6年度採用)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

 子どもたちは一人ひとりさまざまに違っています。この当たり前の事実の意味をあらためて吟味することで,見慣れた教室の景色がすっかり違ったものに見えてくるのです。
 たとえば,教室には何事もすばやくやれる速い子と,万事スローモーな遅い子がいます。速い子がすぐれていて,遅い子が劣っているのではありません。大器晩成というように,遅い子はじっくりと深く物事を考え丁寧な仕事をするかもしれませんし,速い子はその分仕事が粗く,早とちりをして失敗を繰り返すかもしれないのです。速いか遅いか自体には優劣はつけられませんし,つけるべきでもないでしょう。
 ところが,現状では速い子の方が圧倒的に有利です。これは,一斉指導がその名のとおり,全員に対してたった一つのペースで進められることに起因しています。「真ん中よりちょっと下」のペースで授業を実施することは,学校現場の経験則です。「ちょっと下」という表現が暗示するように,それは能力を想定していますが,現実には能力があっても学習速度の遅い子はペースについていけません。教師は「五分でやってみましょう」と言い,五分後には「まだ終わっていない人も鉛筆を置いて」と活動を途中で打ち切らせてきました。
 学習や思考は単なる機械的な作業ではありませんから,一定の時間頑張って取り組めば,それに比例して成果が得られるとは限りません。教師が五分と指定した課題について,七分あればしっかりとした考えがもてる子がいたとしましょう。この子にとって課題に取り組み始めて五分後というタイミングは,ようやく解決の糸口が見えてきて,この後ここをこんなふうに考え進めればよさそうだと,少し先に光明が見えてきたあたりでしょうか。しかし,先生の指示により鉛筆を置かざるを得なくなると,せっかくそれまで進めてきた思考は,残念ながらそこでパタリと止まってしまいます。
 それではもったいないし,こんな中途半端な状態では,この後の話し合いで仲間との学び合いに貢献することもできません。そう思って切りのいいところでもう少し考えようとノートに目を落とし,鉛筆を握ろうとした途端,先生の鋭い声が飛んできます。「鉛筆を置いて顔を上げなさい。今は話し合う時間です」
 そんなことは,子どももよくわかっています。しかし,話し合いへの参加を意味のあるものにするには,自分の考えをしっかりともつ必要があるでしょう。だからこそ,もう少しと思って健気にがんばろうとしているのに,あろうことか,それを教師が制止するのです。
 話し合いで活躍するのは,もちろん五分でしっかりと考えをまとめられた子たちです。彼らが優秀なのは間違いありませんが,もう一つたしかなのは,教師が設定した時間内で課題を終えられる速い子だということでしょう。もしかすると,少々ペースが遅いがゆえに話し合いで活躍するチャンスを得られなかった子も,同じくらい優秀かもしれません。その子のペースでじっくりと考えられる時間さえ与えられれば,深い考えや鋭い意見をみんなの前で披露できた可能性があるのです。しかし,教師が決めたたった一つのペースですべてが進んでいく一斉指導の下では,それは常に可能性で終わっていきます。

(奈須正裕「個別最適な学びと協働的な学び」より)

問 一斉指導の長所と短所をあげ、それを踏まえて、これからの学習指導について、自分の考えを300字程度で書きなさい。

2022年実施(令和5年度採用)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

 好奇心に欠ける人には,厳しい時代である。「これをやりなさい」と言われて,何も疑わずにその通りにできて,成績がよく行儀がよければ,仕事が山ほどあった時代には,好奇心が僅かでも,人は社会の中枢で活躍できたのに。「好奇心」の育て方。これが人間社会の課題になる日が,ほどなくやってくる。
 かといって,学校教育を「好奇心を育てる」に安易にシフトするのは,私は賛成できない。学校教育で手にするのは,「思考の道具」である。道具の使い方を覚える道のりは,わくわくしてばかりもいられない。数学のセンスを身につけなければ,物理学の世界を本当に楽しむことはできない。宇宙論を脳でつかむためには,微分積分やベクトルの本質的な理解が不可欠なのだ。奇想天外な実験にきゃあきゃあ言ったり,星を見つめたりするだけでは,本当の「科学の心」は育たない。もちろん,それをやるのが悪いとは思わないけど。
 私自身は,化学式や方程式,元素周期表を見るだけでわくわくした。「何かがモデル化されて数字になっていること」に強く好奇心を感じたからだ。先生が余計なことを言わずに,クールに式を教えてくれるほうが好みだった。実験は嫌い。「だから?」って感じだった。
 ヒトの脳の好奇心は,楽しいから伸びるわけじゃない。「何かかわからないけど,美しいものを見せられて,その謎を知りたい」と思うときに,最も強く働くのではないだろうか。圧倒的に美しいもの。それが「式」の人もいれば,「詩」の人もいれば,「音楽」の人もいれば,「ダンス」の人もいる。
 一方で,私は社会科が,気が遠くなるほど苦手だった。政治経済に関しては,おおよそ何も理解できなかったし,成績も最悪だったし,今もお金の流れがわからない。政治にも経済にも,私は「美しい(理にかなっていて,気持ちいい)」と感じることが一度もなかった。政治経済に関して言えば,会社経営の“楽しい”ロールプレイングの授業があったら,今ごろ,もう少し自分の会社を大きくできていたのに違いない。
 センスのない科目には,「楽しい体験」の授業が,センスのある科目には,余分な情報を削ぎ落としたクールな授業が,きっと有効なのだろう。そして,後者で育つ好奇心のほうが,人工知能へのカウンターバランスとして人類が追求すべき,本質的な好奇心なのだと私は思う。
 そうそう,大事なことをもう一つ。
 ヒトは,手に入らないものに憧れて,好奇心を増幅させる傾向がある。だから,「天才と呼ばれる名手」が,案外あっさりと,その才能を投げ出してしまうことがある。天才を育てるには,永遠の謎とか,究極の挑戦とかが必要なのだ。オリンピックは,だから,人類の脳の進化のためにもきっと重要なのである。

(黒川伊保子「人間のトリセツ」より)

問 あなたは、自分の授業(または指導)をとおして、どのようにして児童生徒の好奇心を育てたいと考えるか。筆者の考える「『好奇心』の育て方」に触れながら、自分の考えを300字程度で書きなさい。

2021年実施(令和4年度採用)

次の文章を読み、下の問いに答えなさい。

 知識社会学を専門とする苅谷剛彦さんは,現代においては,学び続けることでしか,その時々の変化に知的に「対応」することはできないと指摘します。
 しかし学びにおいて,易しい事柄を漫然と見聞きしていただけでは,身についた力にならないのは明瞭です。たとえば小学校で,ごく易しい事柄ばかりを練習問題を解くこと無しに教える授業があったらどうでしょう。スポーツアスリートが,運動トレーニング無しには決して育たないことは明白ですが,知の力もスポーツと同様,負荷のかかるトレーニング無しには決して育ちません。読書においてもっぱら「わかりやすい」ことを要求するのは,身体への負荷をかけずに身体を鍛えようとするのと同じです。
 もちろん,一読しただけで誰もが理解できるようにすべき事柄も少なくないでしょう。たとえば機械類の操作や危険物の扱い方についてのマニュアル,薬の服用の注意書きなどであれば,「わかりやすいこと」は,とても大切な要素です。しかし,論理立てて説明する(論理を追って理解する)必要がある場では,事実やデータの提示,思考の方法や前提にする理論の説明を省いて「わかりやすく」してしまうと,どうしても誤解や曲解,無理解につながります。このことは,学術的な事柄はもちろんですが,政治,経済,行政など社会的に大きな影響を与える事柄などについても言えることだと思います。私は職業柄,高等教育や学術研究に関わる政策文書も目にすることが多いのですが,最近では,大事な文書であるにもかかわらず,文章が少なく,むしろほとんど図や表ばかりというようなものが多くなったと感じています。学会など,専門家間で研究成果を発表する際にもこうした傾向があり,言葉を尽くして説明するという作法が,社会のリーダー層から失われつつあるのではないか,という危惧さえ持っています。
 わかりにくいことがあれば丁寧に説明する,説明に丁寧に耳を傾けるという,小学校では当たり前に指導される事柄が,なぜ,大人の世界では希薄になってしまうのか。そして大人の世界を見て子どもが育つのならば,おそらくこの問題は,知識の伝達といった事柄のみならず,人と人の関わり方,より端的に言えば民主主義や人権といった問題にもつながると言って良いでしょう。難しさを恐れずに,専門外の学び,専門外の専門書の読書に取り組むことは,「わかりやすい」パラダイムを脱却して,これからも予想される大きな社会変動に知的に対応することが求められる社会,国の政策でも強調される「知識基盤社会」を作っていく上でも,大切な営みだと言って良いと思うのです。

(鈴木哲也「学術書を読む」より)

問 本文中で述べられている筆者の考えを踏まえて、あなたは普段の授業(養護教諭受験者は保健指導、栄養教諭受験者は食に関する指導)の中でどのようなことを心がけようと思うか書きなさい。


まずは気になるテーマを1つ選び、実際に時間を測って書いてみることから始めてみましょう。

なお、各テーマの模範回答については、「小論文の答案、それで大丈夫?|石川県教員採用試験の個別添削型・小論文対策」を参考にしてください。

対策に関するFAQ

石川県教員採用試験の小論文対策を進める中で、多くの受験者が悩みやすいポイントがあります。

ここでは、よくある質問とその対策について確認していきましょう。

何文字書けばいいですか?

指定された文字数の8〜9割以上は書くようにしましょう。

石川県の文字数は上限が300字程度なので、最低でも240〜290字程度は必要です。

文字数が少なすぎると、それだけで評価が下がる可能性があるため注意してください。

何から書き始めればいいですか?

最初に結論(自分の立場)を明確にしてから書き始めるのがおすすめです。

書きながら考えるのではなく、簡単に構成を作ってから書くことで、論理のブレを防ぐことができます。

なお、具体的な書き方は、「【対策】教員採用試験の小論文とは?書き方や模範解答例を徹底解説!」で解説しています。

時間内に書き切れません。どうすればいいですか?

時間配分を決めて練習することが重要です。

例えば「構成10分→執筆15分→見直し5分」といった形で区切り、実際に時間を測って書く練習を繰り返しましょう。

模範解答はありますか?

公式の模範解答はありません。

だからこそ、「何が評価される答案なのか」を自分で理解し、型を身につけることが重要になります。過去問をもとに、序論→本論→(本論2)→結論の構成で書く練習を重ねていきましょう。

なお、実際の出題テーマをもとにした模範回答は、「小論文の答案、それで大丈夫?|石川県教員採用試験の個別添削型・小論文対策」で詳しく解説しています。

書いた答案を添削してくれますか?

noteの購読者限定で添削・指導を行っています。

書いた答案に対して具体的な改善点や書き直しの方向性までフィードバックするため、独学でも着実にレベルを上げることができます。

まずは1本書いてみて、客観的な視点でブラッシュアップしていきましょう。

なお、noteの詳細は「小論文の答案、それで大丈夫?|石川県教員採用試験の個別添削型・小論文対策」をご覧ください。

福永

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まとめ|次にやるべきこと

石川県教員採用試験の小論文は、やるべきことが想像しているよりも多いです。

過去問を眺めるだけでは、小論文を攻略することはできません。過去問を使って答案を作成し、その上で添削を受けることで徐々に上達します。

小論文で落ちる人ほど、書いたら書きっぱなしってことが多いです。答案を書いて誰にも見せないというのは、問題を解いても答え合わせをしないのと同じなので注意しましょう。

で、ここからどうするか。

パターン
模範解答と添削で「答え合わせ」したい人

過去5年分の全文解答に加え、回数無制限の個別添削が受けられるnoteを用意しています。独学でも合格レベルまで引き上げたい方は、ぜひ活用してください。

パターン
書き方のルールを基礎から固めたい人

文字数配分や構成の作り方、評価される表現など、合格答案を書くためのテクニックを解説しています。

まずは型を身につけたい方は、「【対策】教員採用試験の小論文とは?書き方や模範解答例を徹底解説!」の記事から始めてみてください。

パターン
石川県の他の試験対策も見ておきたい人

倍率や試験日程、面接対策など、試験全体の流れがわかる記事も用意しています。まずは自分に必要な情報からチェックしてみてください。

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